エンジンの異変に、全速全開で対応
完成したエンジンは、陸上と海上、2度の試運転を経て船主さんに引き渡されます。陸上公試運転には船主さんと造船所さんをお招きし、船級協会検査員の立ち合いのもと、ユーザー目線と公的基準の両面から性能をチェック。ここをクリアしたエンジンは実際に船に搭載され、海上を航行しながら最終試験を受けます。これが海上試運転で、私は入社2年目に初めて担当。6年目の今は毎月のように出張が入ります。出張は、起動準備や乗組員へのレクチャーを含めて最短で4日。長い時は…つい最近、エンジンの後工程に排ガス処理の補機を入れた船では、県外の造船所さんに20日ほど行きっぱなしでした。
試運転中は、朝から晩まで機関室にこもり、膨大な試験項目をこなしながらエンジンの運転音に耳を澄まし、本体の温度変化を確認します。「あれっ?!ヤバいかも」と思ったのは、伊予灘で試運転中、筐体の1か所だけ温度が上がっていることに気づいた時。 さっそくクランクケースを開けてみると、案の定、切り粉みたいな金属の屑が…カムの軸受けが過熱し始めた兆候です。幸い会社から車で3時間の距離だったので、すぐ電話してスペアを手配し、その日の運転が終わった夕方から翌朝までの間に全速力で対処。事なきを得ました。 その試運転期間中は毎夜、近くのホテルに戻って休める予定でしたが、温度上昇に気づいた瞬間、「あ、今日は戻れないな」と覚悟を決めました。もし遅延すればお客様に多大な迷惑をかけることになるので、計画通りの遂行が鉄則だからです。もちろん海上だから逃げ場はない。腹を括るしかありません。これまでに約20隻の海上試運転を経験しましたが、心が折れるほどのピンチには遭わずに済んでいます。
ガラスのハートを、鉄板の自信に変えて
腹を括る、とか言うと、よっぽど肝が据わった奴みたいですが、実はガラスのハートというかメンタル弱めというか、人一倍の心配性なんですよね。だからこそ、出張前には念には念を入れて準備します。過去のトラブルシュートはもちろん、陸上公試の改善点や製造段階の不具合まで遡って把握。 想定範囲を広げるだけ広げ、「もう大丈夫」と納得してから本番に臨むんです。カム軸の不具合も過去に例があり、経験者から「1か所だけ熱くなる」と聞いたことがあって。おかげで慌てず対処できたわけですが、当日の船内は壮絶でした。1分1秒を争うので誰が担当とか言ってる場合じゃなく、造船所の担当者さんも一緒になって汗だくで作業に集中。
タイムリミットの翌朝6時に無事間に合った時の“やり切った感”は、この先もずっと忘れないと思います。 個人的な話になりますが、昔から船に酔うタチで、大学の最初の乗船実習ではトイレにこもりきりでした。今は多少マシになったけど、船酔い体質自体は変わってないです。それでも、もう海上に出たくない、とは思わないですね。海上試運転は、エンジン製造リレーのアンカー。船主さんや乗組員のみなさんに無事、船を引き渡す大役を、もっと究めたいと思っています。そのためにも、トラブル対応の知見と経験値を、さらに高めていきたいですね。